ふしぎーく!

博物館のカエルが語る、民俗系よもやま話

人生いろいろ、落人もいろいろ。

日本各地に今も残る落人伝説、「うちの先祖は平家の落人で、壇ノ浦の戦いの後、この山奥に落ち延びてきたんだ」みたいな話、結構聞きますよね?

というわけで、今回は私が小耳に挟んだ落人伝説について語っていきたいと思います。

 

 平家の落人……といっても時代が違う!? 

 

さて、落人伝説で一番有名なのと言えば?

そう、とうぜん平家ですよね。

先ほども書きましたが、壇ノ浦の戦いに負けたのち、日本各地に散らばって……というパターンです。

ですが、落人伝説は他にもあるんです。

たとえば、秩父にある落人伝説は平家は平家でも平将門のほう。

平将門といえば、935年に朝廷に対して反旗を翻し、「新皇」を名乗った人として有名です。私の場合、「クミコ(935)もびっくり将門の乱」って覚えたのですが、今に至っても「クミコって誰?」という感じですw(←タダ覚えりゃいいってもんじゃない)

 

さて、この平将門さん、最後は討ち取られてしまい、秩父は大滝の太陽寺に隠れていた奥さんも従者と共に後を追ったという伝説が残っています。

そのとき大量の血が流れたので、お寺の前の川は「大血川」と呼ばれるようになったとか。初めて地図で見たとき、ものすごいネーミングに二度見しちゃった記憶があります。

もちろんん、伝説が残っているのは奥さんだけではありません。将門の家来のうち、下総に住んでいた猿島一族は、乱の後で秩父山中の中津川に落ち延びたといわれているのです。

ちなみに中津川、結構奥です。私が滞在して伝説や昔話を集めた落合地区という場所から車で30分ほど。「切ると祟る木」で紹介した滝の沢地区よりさらに遠い……というか、道の終点です。(その先に続く道もあるのですが、秋も深まると閉鎖される)

 

 

 

この中津川、あのエレキテルで有名な平賀源内が鉱山開発に訪れてまして、そのとき住んでいた家がまだ残っています。

また、近所にこまどり荘という宿泊施設があるので、そこで一泊&温泉を楽しむのもオススメです。(なぜかそこで『リング』を見たのが今となっては懐かしい思い出w)

 

  まだまだあるよ、落人伝説!

 

さて、平家の落人の話をしたので、今度は源氏の落人の話を。

「え? 源氏にも落人っているの?」と思われた人もいるでしょうが、異母兄である源頼朝と対立し、最期は奥州平泉で亡くなった源義経がいますよね。その家来がそうなんです。

この話をしてくださったのが埼玉県秩父市大滝にお住まいのH男さん、当時58歳。

 

「中津川には源義経の落人が暮らしていて、一軒に一振りは刀を持っていたんだ。けど、戦争のときに供出しちゃったらしいよ」

 

おおっ、ロマンがあるなぁ!

ただこの話、後にも先にもH男さんが話してくれたものだけなんですよね。秩父の伝説本を見ても、平家関連は結構載ってるのに、源氏はナッシン。

 

 源氏と平家で大激突!? 落ち延び先でも楽じゃない!

 

 ふと思ったんですが、壇ノ浦の戦いに負けた平家と、衣川の戦いで大将を失った義経の家来が偶然一緒に暮らすことになったらどうなるんでしょうね?

映画の『ククーシュカ』とか『トンマッコルへようこそ』を連想しちゃったんですが、かなりおもしろいことになりそうです。

こういうので誰か一発小説書いてくれないかなぁ……。